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グミ・チョコレート・パイン [日本映画]

そうさ!
人生はグミ・チョコレート・パインなのだ!


グミ・チョコレート・パイン.jpg
この作品は「ビーバップ・ハイスクール」のように毎日ケンカに明け暮れるわけではなく、かといって「ウォーターボーイズ」とか「スウィングガールズ」のように泳いだり演奏したりするようなカタルシスもない。

ごくごくフツーの、いや、どちらかといえばかなり地味な高校生活を送る男子たちの青春を描いた作品なんですが、共感できる人にはとっても面白いはず。

きっと男子なら10代のうちに誰もが通過してきたであろう、
毎日のようにオナニーばっかりやってる主人公の生活描写に激しく共感(苦笑)
好きな女性をイメージしてシコシコするのは自己嫌悪に陥るから、
インターネットもAVもない当時の10代の男子には最強のアイテムだった雑誌「スコラ」とか「GORO」をオカズにするというのも超リアル。

彼が恋心を抱くクラスメイトの美甘子が
「(オナニーは)10代の健康的な男子なら誰でもやること」
と話すように、
そう、自慰行為は決してイヤラシイことではなく、
それもまたリビドーで心身共に一杯いっぱいの思春期の男子にとっては青春(“性春”)なんだよね。

そんな時代をすごくフツーにサラッと描いてるところが気に入ったし、
「オナニーが大好きだ!」
と叫ぶ主人公の姿に思わずこっちまで熱くなりました(笑)
賢三、タクオ、ワカボンの3人はいつも教室でくだらない会話ばかりしてる低俗なクラスメイトを小バカにし、
「オレはヤツらとは違う」と思いながら、でも、かといって何かをするわけでなく、何かできるわけでもなく、ロックを聴きながら酒を飲み、ただひたすら悶々とした日々を過ごしてるんだけど、そんな彼らが衝撃的なノイズバンドと出会い、冴えない毎日と訣別するためにバンドを結成するんですね。

彼らにとってはたまたまバンドだったわけで、
きっと同じような青春時代を過ごした男子は多いんじゃないかな。


「オレはヤツらとは違う」と言ったところで、実は何も違わない。
「自分はヤツらとは違う=特別な人間」と勝手に思いたいだけで実は何ら変わりない。
1ミリも違わないんです。


ただ何となく自分の未来に対する漠然とした不安とか閉塞感とうまく向き合うことができず、それでいてどことなく焦燥感に見舞われる…。

彼らはバンドをすることで、結果はどうあれ、

「ヤツらとは違う」
「オレは特別なんだ」


という想いをカタチにすることができましたが、
何かが違う、何が違うのかはまったく分からないけど、
でも、心の内面に、
「オレの青春はこんなんじゃないんだ!」

と大声で叫びたくなるような違和感を感じることって、
この年齢ならきっと誰でもありますよね。
そこに明確な答えなんて存在しないのが青春でもあるわけで、
もがき苦しむことからの現実逃避が10代の健康的な男子にとってはオナニーで発散という行為に繋がる(笑)

そんな青春の図式を等身大で描いた作品なんだ。
37歳の賢三に送られてきた美甘子からの手紙に「あなたのせいだからね」と一行だけ書かれていて、その美甘子は手紙が届く数日前に自殺。
そんなことをまったく知らなかった賢三はなぜ自分のせいなのかまったく身に覚えがなく、タクオとワカボンに会って高校時代の出来事を回想しながら、自分だけに届いたその手紙の不可解な言葉の真意を探るというのがメインのストーリー。

「あなたのせいだからね」という言葉の謎はキチンとオチとして種明かしをしてくれますが、高校2年生当時の彼らと37歳になった現在の彼らを交錯させながら、

「自分は特別な人間だ」

とかなんとか思ったところで、
37歳になった彼らは特別でもなんでもなく、
むしろ、
侘びしいくらいの生活を送ってるというリアルな現実を突きつけられるんですよね。
それがまた実に痛々しい。

だって、未来に対する漠然とした不安がそう思わせていたのに、
20年後の自分の現実は会社からはリストラされるし、
夢も希望もない日常生活を余儀なくされてるわけだから、
オナニーをすることで現実逃避ができた青春時代の方がよっぽど幸せだったかもしれません。

夢を見ることだって自由でしたからね。

社会に出るということは否応なく現実と向き合うことであり、
目を背けることは許されません。

「オレはヤツらとは違う」

なんて考えはドブにでもポイっと捨てなければ逆に自分が社会から捨てられるだけ。
“生きる”というどこまでもリアルな欲望を満たすための現実にはどこにも逃げ道がないんです。

そのことに早く気付いた人間はまだまっとうな人生を歩めるかもしれないけど、
気付くのが遅ければ遅いほど、あるいは気付いていても受け入れることができずに避けようとすればするほど人生はツラく、希望とは真逆にある虚無感だけが残ります。
今更何かに突っ走れるほど若くもなければリタイアするほど年老いてもいないミドルエイジの心の中に去来するものは何か?
そして、青春時代の彼らがおそらく「最もなりたくなかった類」であろう、


どこにでもいるような“フツーの、
ごくごく平凡な大人”という人種に彼らはなってしまったわけですが、
さて、これから一体どんな人生を歩むのだろうか…。

「昔は良かった」的に青春の日々を回顧するだけの37歳ではあってほしくないなー。
ま、それはともかく、
やっぱ青春時代のエピソードが私的にはジャストミートでした。
とくにオナニスト賢三とクラスのアイドル的存在の美甘子との恋愛は甘酸っぱくて微笑ましく、それでいて、もどかしくて不器用すぎる賢三の言動が情けなくてイラっとさせられるところもありますが、でも、多分私も賢三と同じで、

「好きだ」

なんて思っていても口に出せなかったでしょうね。
名画座でお互いに好きな映画を語り合う、
そんな他愛ない時間がこのまま永遠に続いてほしいと思えるくらい二人きりで過ごせる至福の時間。
でも、同時に限りのある時間。
そして、突然訪れる別れ…。

青春時代の限られた“時間”というのは長い人生から見たら残酷なほど一瞬でしかない。
だからこそ、たとえ一瞬でもその瞬間は悔いがなく過ごしたいんだけど、
それは大人になった今だからこそ、そう思えるわけで、
その頃の自分にはやっぱできないんだよね。

その頃にタイムスリップできるなら、恋に臆病だった自分に伝えたいことはたくさんありますが、それができないから、青春は甘酸っぱくもあり、ほろ苦くもあるような気がします。悶々とオナニーばかりしてるようなアホな時間もあれば親友たちと酒を飲みながらバカ騒ぎするような時間もあるのが青春なんじゃないかな。
そう、人生は確かにグミ・チョコレート・パインかもしれません。

でも、「グミ」だっていいんです。
「チョコレート」のように人より6歩先に行くことができたとしても、
人生はずっと勝ち続けられるわけではない。
たとえ「グミ」のように2歩ずつであってもいつかは追いつき、
追い越せるかもしれないわけです。

美甘子は賢三にとって自分よりずっとずっと前を走ってる存在だったから、勝手に手の届かない存在だと決めつけて、追いかけても追いかけても引き離されるだけだと諦めてましたが、その一方で自分もいつか人生という名のじゃんけん勝負を「チョコレート」で勝ち続けて、絶対に追いついてやると心に決めてました。

でも、実は美甘子はすぐ手の届く距離にいたんだよなー。
そんなことに気付かないのがまた青春のもどかしさでもあるかな。
「グミ・チョコレート・パイン」(’07日本)
原作:大槻ケンヂ
監督:ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演:石田卓也、黒川芽以、大森南朋、柄本佑、高橋ひとみほか
<ストーリー>
2007年。会社をリストラされて仕方なく実家へ帰ってきた賢三(大森南朋)は無造作に積み上げられた手紙の束の中に「山口美甘子」と署名された一通の手紙を発見した。「あなたのせいなのだから」と一行だけ書かれたその手紙は一年前に自殺した高校時代の同級生、美甘子(黒川芽以)から届けられたものだったが、その一行の意味がまったく分からない彼は無二の親友であるタクオとワカボンを呼び出し、自意識ばかり過剰で自慰行為にふけり、夜な夜な3人で集まっては酒を飲み、アングラなロックを聴くというような悶々とした日々を過ごしていた高2当時に思いを馳せるが…。

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